人気ブログランキング |
2014年 02月 20日

横浜道



               1859年横浜開港まえの神奈川宿~横浜間の交通は大変不便で
          今の横浜駅あたりは埋め立てをしていたがまだ湿地で桜木町あたりは海だった


              そのため海路を行くか、陸路なら保土ヶ谷宿から井土ヶ谷を抜け
                  蒔田から海側へと大きく迂回しなければならなかった

 開港まえの神奈川宿~横浜


 

         幕府は開港にあたり神奈川宿と保土ヶ谷宿の間の浅間下から当時の海岸線を通り
                  戸部~野毛山を開削して切通しを造り~吉田橋への
                    最短ルートを造ることにした、それが「横浜道」


                開港後の「横浜道」




          

                


                                     平沼橋そば案内板より

f0326399_18105038.jpg


                     その「横浜道」には、こんなエピソードがある

          着工前に工事用の資金が持ち逃げされ、工事を進めるお金が無くなってしまった
                 そこで保土ヶ谷宿本陣の苅部清兵衛が資金を立て替え
                開港前の三ヶ月で突貫工事が行われ、開港の前日に完成した

                     この道はいまでも幹線道路の一部になっている


                             平沼橋商店街
                    
f0326399_18112043.jpg

                元平沼橋                       野毛切通し
f0326399_18115034.jpgf0326399_18121989.jpg















     


by yamamichishake | 2014-02-20 22:38 | 横浜 | Comments(0)


<< 日本洋裁業発祥の地      どうだかなぁ >>