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2015年 03月 31日

横浜海岸教会



輝く尖塔と白い壁が目に鮮やか
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by yamamichishake | 2015-03-31 00:01 | 横浜 | Comments(0)
2015年 03月 30日

F1第2戦 マレーシアGP


2週間って結構短いもんで
あっと言う間に2戦目がやってきた

FPはそこそこのタイムだったので予選Q1通過の期待をしたが結局敗退
しかし初戦のトップ4秒落ちから2秒台に詰まり
Q1通過まではあと0.3秒差だった
この2週間でMホンダはかなり改良してきた


決勝

ベッテル強かった
フェラーリ2年ぶりの優勝

今年はメルセデスとフェラーリの争いになりそうだけど
メルセデスの一人勝ちから構図が変わり
フェラーリにLAPされた2年前のチャンピオン落日のレッドブル・ルノー
そして中盤のウィリアムズやロータスが頑張ってるので今年のF1は面白い
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Mホンダは2台ともリタイアしたけど
アロンソは入賞できそうなペースだったし
バトンも完走までもうチョイと頑張ってたので残念

開幕前の合同テストで殆ど走れなかったことを考えると
両ドライバーとも他のマシーンと争えたことに驚いており
まだフルパワーで走るには成熟が足りないが
前戦のオーストラリアGPより競争力が出てきたので次戦が楽しみ
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フォースインディアとやりあったJバトン
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第3戦は4/12 中国GP



2015年F1シリーズ







by yamamichishake | 2015-03-30 00:01 | 自動車 | Comments(1)
2015年 03月 29日

桜のようす


桜が咲くとやはり心がウキウキするな

横浜は満開の木もあったが全体的には3~5分咲きといったところ
来週の土日あたりが満開でよさそう



三渓園前の桜道
チョイモビも桜の花びらを身にまとっている
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本牧公園
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大岡川「弘明寺」
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修復の終わった海岸通り教会
壁を流れてる水に桜が写っている
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新港埠頭
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by yamamichishake | 2015-03-29 00:01 | 季節 | Comments(0)
2015年 03月 28日

新タマネギ


食卓に初めての料理が出てきた
朝刊に載ってたそうで

「柔らか新タマネギのとろとろ卵ソース」
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いや~、新タマネギのやさしい甘さが美味しい~っ!
スプーンで切れるほど柔らかい


レシピを転載しますので試してみてはいかがでしょう

3/25 読売新聞 食欄より
料理研究家 まきまさ美さん紹介
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*新タマネギは外側の皮をむき上部を少し切り落とす

*ひげ根を切り、下部に浅く十字の切り目を入れておく

*耐熱皿に2個のせてラップをし、電子レンジ(600㍗)で6分半加熱し
そのまま3分おいて余熱で火を通す。手で触って少し硬かったらさらに30秒ほど加熱する

*半熟のゆで卵を作る。うちは面倒なので市販の温泉卵を使った

*電子レンジから新タマネギを取り出し、タマネギの上部に十字に切り込みをいれて少し広げる

*器にのせて卵ソースを掛ける。削りがつおをふり、練りガラシをしょうゆで溶いてかける


【材料=2人分】

新タマネギ2個(400g)
卵2個(ソース用)温泉卵でも可
削りがつお適量
練りガラシ小さじ1/3杯、しょうゆ同2杯(好みによって量は調整)






by yamamichishake | 2015-03-28 00:01 | 料理・酒・お菓子 | Comments(0)
2015年 03月 27日

F1 よもやま話 10 ドライバー列伝


F1ドライバーになってないが
1960年代日本のモータースポーツ黎明期を牽引した人たちは忘れられない

トップは引退後MTBダウンヒル分野でも活躍したやはりこの人


生沢徹

1942年8月21日 日本画家生沢郎の長男として誕生

1964年第二回日本GP(F1ではない)でプリンス・スカイラインGT(日産吸収まえ)
に乗る生沢が式場壮吉のポルシェ904を抜いて一周トップを走りスカイライン伝説を生み出した
そして1965年船橋サーキットで故浮谷東次郎と繰り広げたバトルは伝説となっている
1967年修行のため単身ヨーロッパでF2/F3レースを転戦
F3では優勝しており海外進出のまさしく草分け的人物
残念ながらF1進出はならなかったが帰国後国内レースで活躍したトップドライバー
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浮谷東二郎

やはり生沢のあとは浮谷東二郎

1942年7月21日 裕福な家庭に生まれ
モータースポーツで生沢や本田博俊(無限)と親交を深める

1965年7月船橋の全日本選手権でトヨタS800(ヨタハチ)に乗る東二郎は
2位争いをしていた生沢のホンダS600(エス6)のスピンにまきこまれ大きな損傷をしたが
応急処置後、鬼神の走りで各車をごぼう抜きにし最後は生沢をかわして優勝した

翌8月鈴鹿での練習中コース上を歩いていた人物を避けようとして水銀灯に激突

F1にも近いのではとの評価もあったが実際の能力は解らないまま伝説のドライバーとなった

享年23才

心に残るドライバー
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風戸裕

1949年3月19日生れ
1968年から国内のレースで好成績をおさめ
1973年生沢と組んでチーム・ニッポンを立ち上げヨーロッパ参戦
当時F1にもっとも近い男と呼ばれた

1974年6月富士GC第二戦の多重スピンで炎上

享年25才
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福沢幸男

1943年6月18日 パリ生まれで福沢諭吉の曾孫

モデルやCMのキャラクターとしても活躍し
1966年トヨタの契約ドライバーとなり
1968年には富士Can-Amで並みいる海外の7Lマシーンに対し
3Lのトヨタセブンで総合4位に入る活躍をした

1969年ヤマハのテストコースでクラッシュ

享年25才

当時恋人だった小川知子が「夜のヒットスタジオ」で号泣した
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こうやてみると1960年代は金持ちの息子がやるスポーツだったんだな





高橋国光

1940年1月29日生まれ

2輪で活躍後4輪に転向した一人
箱スカ50勝の記録をした
ルマン出場など長年現役ドライバーとして活躍
1999年(59才)引退の年にGT選手権で優勝している

ドリフト走行からドリキンと称されているが愛称は「国さん」

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三保敬太郎、式場壮吉、黒沢元治、長谷見昌弘、とかいっぱいいるんだけどキリがないし
まあ10話も語れば満足したのでこれで終了します

長い間お読みいただきまして有り難うございましたm(__)m




前のよもやま話






by yamamichishake | 2015-03-27 00:01 | 自動車 | Comments(0)
2015年 03月 26日

F1 よもやま話 9 日本人F1ドライバー


日本人のF1レーサーはスポット参戦フル参戦を含め過去こんなにいる



そのなかでもボクの印象的なドライバー



鮒子田寛

日本人初のF1ドライバー
1975年イギリスGPにマキ・フォードをドライブ
鮒子田といえばトヨタ7の印象が強い
今は童夢2代目の社長
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星野一義

ヒーローズレーシングが前年のティレル007を購入し
1976年の日本GPにスポット参戦しドライブした

現役時代「日本一早い男」の異名をもつ男が
なぜF1のフルドライバーになれなかったかは不思議

星野は会社を立ち上げたばかりで
自身も言うように内弁慶だったためF1の世界に飛び込めなかったそうだ

星野といえばニッサンだな
え、オレと同い年だ
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中嶋悟

そしてF1初の日本人フルエントリードライバーで星野一義のライバル

当時のホンダ総監督だった桜井淑敏は日本における認知度が低かったF1をアピールする為
1987年ロータス・ホンダにセナと中嶋を起用しF1ブームをもたらした

1987年イギリスGP(シルバーストーン)の1-2-3-4フニッシュで
4位にはいったのがロータス・ホンダの中嶋

中嶋といえば「納豆走法」
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片山右京

bike乗りでもあり敬意を表し

弱小チームで孤軍奮闘し
競争力の弱い車が故に果敢に攻める姿勢からついた異名が「神風右京」

最高位は
1994年サンマリノGP ティレル・ヤマハで5位
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佐藤琢磨

高校・大学では自転車ロードレースでかなり良い成績をおさめ
実業団へなんてことも考えてたそうです

遅咲きのドライバーだがそのクレーバーな走りは
今までの日本人レーサーのなかで優勝に一番近い男だった
現にいま参戦中のインディーカーでは優勝している


最高位は
2004年 米国GP BARホンダで3位
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小林可夢偉

デビューは2009年トヨタF1のリザーブドライバーだったが
アブダビGPで6位入賞をして注目を集めトヨタ撤退後の2010年にザウバーへ移籍
数々のオーバーテイクで世界中のファンから高い支持を受けた

2014年はザウバーのシートを失い最後の最後でケータハムに移籍決定
シーズン途中から新たに獲得したドライバーに代わられてしまい出走機会が減ってしまった
今のF1は莫大な金がかかるため弱小チームは資金集めが必要で
腕のあるドライバーよりスポンサーが付いてくるペイドライバーを取らざるを得ない

そして2015年はシートを喪失し日本人唯一のF1ドライバーが居なくなった

2015年は国内のスーパーフォーミュラに参戦するが
2016年F1復帰を視野にいれてるのか
マネージャーがF1パドックを訪れるなど水面下で動いているようだ
一度F1を離れたドライバーが復帰するのは容易ではないが実現してほしい

2012年日本GP ザウバー・フェラーリで3位
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                                 全てYahoo画像より




前のよもやま話







by yamamichishake | 2015-03-26 00:01 | 自動車 | Comments(0)
2015年 03月 25日

F1 よもやま話 8 エンジンサプライヤーの奮闘


HONDA、TOYOTAだけでなく奮闘したエンジンサプライヤーがあった

バブル期の1980年代から1990年台はエンジンサプライヤーとして
日本のメーカーはF1参戦意欲が旺盛だった



ヤマハ

1989~1997年

2輪メーカーだがトヨタとの関係が深くTOYOTA2000GTのエンジンを造っている
最初に造った0X99 V12気筒はジョーダンで一度入賞したがV10気筒0X11Aの開発に集中

0X11A
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信頼性の低いエンジンだったが最高成績は
1997年ハンガリーGPでアロウズA18のデイモン・ヒル2位入賞
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スバル

1990年

3.5Lへのレギュレーション変更にともない
イタリアのコンストラクター、コロニーにエンジン供給するため
イタリアのエンジンビルダー、モトーリモデルニと提携開発

SUBARU Motori Moderni 1235
水平対向12気筒

車体取り付け面積の大きさからダブルベッドと揶揄された
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全戦予備予選落ちの惨憺たる結果でコローニーはシーズン途中でコスワースにエンジン変更
スバルは1年でF1を撤退した

コロニー・FC188B
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無限HONDA

1992~2000年

宗一郎の長男博俊とホンダ2代目社長川本が創設したレースに特化した会社「無限ホンダ」

「無限HONDA MF301HD」
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実質はホンダ第2期F1活動のあとつぎのようだったが4回優勝している
最も輝いたのはジョーダンのハインツ・ハラルド・フィレンツエンで2勝した1997年
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実はこれ以外に実戦投入はしなかったがF1エンジンを作ったメーカーがある


いすゞ

1991年

P799WE 3.5L V12

開発のみのプロジェクトだったがシルバーストーンの合同テストでは順調で
ホンダやイルモアと遜色のない数値を出していたそうだ
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なんとその合同テスト走行の動画があった




HKS

1992年

HKSは富士宮市にあるチューニングメーカーで
開発には三菱の資金援助があったため三菱で参戦するのではとの憶測もあったが
バブル崩壊でエンジン改良計画は終了したそうだ

試走テストでは市販ガソリンで16500回転/680馬力を出したので
レースガソリンなら750馬力は軽く出ていただろうと言われている
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スズキ

1991年

バブル絶頂期に開発された3.5L V12エンジンR4

レイトンハウスのスズキへの売却がほぼ決まっていたが
オーナーが不正融資で逮捕された為売却話しは流れた

その後1995年には新レギュレーション3L V10も開発しており
売却されていればスズキのF1参戦があったかもしれない
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                                       全てYahoo画像より





前のよもやま話







by yamamichishake | 2015-03-25 00:01 | 自動車 | Comments(0)
2015年 03月 24日

F1 よもやま話 7 F1に挑んだチーム


日本でF1に挑戦したのはホンダばかりではない



マキレーシング

日本の純粋なプライベーターとして初めて参戦したチーム
設計はR&D代表の小野昌郎
エンジンはフォード・コスワースDFV

1974~1976年に7戦エントリーしたが全て予選落ちをした

1976年 マキF101C

画像は日本人最初のF1ドライバーとなった鮒子田寛
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コジマエンジニアリング

1976と77年の富士F1にスポット参戦
海外チームから車体使用のオファーを受けるがそのチームが撤退したため海外進出はならず
その後1979年に全ての4輪レース活動を停止

1976年 コジマKE007

設計はマキF101をと同じ野昌郎
エンジンはフォード・コスワースDFV

ドライバーは長谷見
翌1977年にKE009でスポット参戦ドライバーは星野一義
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スーパーアグリF1チーム

鈴木亜久里が設立した
メーカーではなく独立系のコンストラクターとしてフル参戦した初のチーム
とはいっても新車開発に関わるなど実質はホンダのセミワークス

2006~2008年

スーパーアグリSA06
エンジンはホンダRA806E V8

ドライバーは佐藤琢磨
戦績は振るわず最終的には資金難で破産
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そしてホンダとともにフルコンストラクターとして参戦したトヨタ自動車

パナソニック・トヨタ・レーシング

トヨタは世界ラリー選手権やルマンなどのスポーツカー世界選手権に参戦していたが
ヨーロッパにおけるシェア拡大と若者へのアピールを目的として
F1にフルコンストラクター参戦を決めた

2002~2009年

オリビエ・パニス ラルフ・シューマッハなどがドライブし
コンストラクターランキングは5位前後であったが
2009年は2位が一回3位が一回と翌年に期待を持たせるシーズンとなった

しかしホンダと同じく経済危機により2009年を持って活動を終了した
2009年の最終戦アブダビGPではリザーブドライバーだった小林可夢偉が6位入賞し
その後日本人唯一のF1ドライバーとして活躍する足がかりとなった

2009年 FT109

ドライバー小林可夢偉
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さあトヨタのF1復帰はあるのか

昨年のモータースポーツ活動計画発表の際
記者からF1復帰の可能性を質問された豊田章男社長は

「私が社長でいる限り復帰は無い」

と断言した

F1が嫌いなのかな
まあラリーやスポーツカー世界選手権の方が
市販車の販売促進効果があると考えてるんでしょう




前のよもやま話











by yamamichishake | 2015-03-24 00:01 | 自動車 | Comments(0)
2015年 03月 23日

残念



今年も3/17夜入港するはずだったのに「今年も来ましたニュース」がなかった

去年と同じように潮位が一番下がる大潮の時間にベイブリッジをくぐる予定だったが
どうやらバヌアツに甚大な被害をもたらしたサイクロンの影響で航路変更をした為
到着時間が変わり干潮時とずれたので中止になったそうだ

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大黒ふ頭に変更してもコンテナ埠頭だから
前日中止で急な乗客受け入れ体制なんて間に合わないよね

う~ん、見通しの甘かったベイブリッジめ


早く本牧埠頭が使えるようにしてほしいもんだ






by yamamichishake | 2015-03-23 00:01 | | Comments(0)
2015年 03月 20日

ID CARD


先日「東京都自然公園MTB利用自主ルール」をもらいました

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昨今ハイキングやトレランなどの増加により登山道利用制限の議論が
自治体を含め各地で展開されています

この冊子はMTB愛好家としてトレイルの共存を図るため
が作成した自主ルールです

今まで実践してきたことが書かれ
ハイカーとの棲み分けルールが提案されてます

冊子の中にID CARDがありました

山中の事故は結構ありいつ何時でも自分が起こす可能性があります
最近ソロはやめてグループ走行してますが
連絡先や血液型などを書いたIDカード(身分証)は重要だと思います

このカード、デイパックのなかに入れておきます
一緒に走ってる皆さん何かあったらパックの中を探ってください
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by yamamichishake | 2015-03-20 00:01 | 自転車 | Comments(0)